2017年7月24日 (月)

毒薬

毒薬

1/11
騎士団による司教の処刑。

それにより、私たち3人の「やるべき事」はひとまず終わった。
後は、教会がどのように動くかだ。

魔女狩りを終わらせる方向に向かうのか。
それとも、負けじと屈せずに続けるのか。

…司教が処刑されたという事実は、それで私腹を肥やしていた者たちに衝撃を与えた筈だ。
ネリーが言っていたように、魔女狩りがある日を境にまったく行われなくなる、ということはないだろう。
しかし、今や「命がけ」になった魔女狩りに、彼らは二の足を踏むだろう。

徐々に終わりに向かえばいい。
ネリーはそう考えているし、私もそれで満足だ。

だから、今はただジッとしているのだ。
私たちがしたことが、誰かに知られる事はない。
ここに魔女が居るなんて事は、誰にも分からない。

時が過ぎるのを待って、戦争が終わるのを待って、彼と――ディルクと幸せになる。
私の願いは、ただそれだけ。
そしてその時は必ずやってくる。

そう、思っていた。

今日、この日、この時までは。

2/11
その日の午後、私はいつもの日課で、孤児院の廊下を掃除していた。

遠くから子供たちの元気な声が聞こえてくる中、箒を持った私は、この後ディルクのところを訪ねようかなと、そんな事を考えていた。

…後ろから、誰かが廊下を駆けてくる音がする。

その音から、何となく誰であるか想像が付く。
振り向くと、予想通り…ナジャだ。
廊下は走っちゃダメ、っていつも言っているのに。

私「ナジャ、いつも言っているでしょう?廊下は――」
ナジャ「カーティ、大変!…大変なの!」
駆け寄ってきたナジャが、息を切らしながら言う。
その顔は、今まで見たことがないほど青ざめている。

私「…どうしたの?顔色が…大丈夫?」

嫌な予感。
ナジャと私には、共有の秘密がある。
そのナジャの、この様子は…

ナジャ「き、来た…の、来るの、すぐ、そこに…」

私「何?…何よ。何が来るの?」

…聞くまでもない。
今の私たちの元に来るのは…「彼ら」だけだ。

ナジャ「騎士たちが、そこまで…!」

3/11
騎士。
教会の騎士たち。

――何故?どうして?

頭の中が、その疑問で埋め尽くされる。
しかしそれは一瞬で消え、すぐに絶望的な恐怖が沸き起こる。

「魔女」
「拷問」
「火炙り」
…「死」

そこにあるのは苦しみだけ。
何をしようとも、絶対に助からない…

私「…何でよ!どうして?何で…!?」
ナジャ「分からない!分からないけど、来てるの!」

当たり前だ。ナジャに分かる訳がない。
私にも分からない。
分かるとしたら…

…ネリー?

ナジャ「どうしよう?ねぇ、どうしよう…?」
私「どうって、そんな…そんなの…」

逃げ…られるわけがない。
ダメだ。無理だ。無理。ダメ。ダメだ。

…あ、もしかしたらナジャの勘違いで、ここに来るわけじゃ――

と思うと同時に、孤児院の表門の方から大きな声がする。

「魔女を捕らえに来た」と宣言をする、その声が。

4/11
私「イヤよ…私、イヤ、イヤよ…!」

拷問。火炙り。そんなのは絶対にイヤだ。
それは私じゃない。私に起こることじゃない。

私「逃…か、隠れよう!今は隠れて…夜に、暗くなってから、逃げるの!」
今はとにかく、目前に迫っているものを何とかするべきだ。
騎士たちをやり過ごす。今はそれだ。

私「どこか…どこに…」
2人で夜まで隠れられる場所。
誰にも見つからずに隠れられる場所は――

ナジャ「あ!ある…!一度も見つかったことがないところ!」
ナジャが言う。
そうだ。いつも隠れて出てこないナジャなら…!

私「どこ?どこにあるの?すぐに…」
ナジャ「うん!来て…こっち!」
そう言って駆け出すナジャ。
私も箒を投げ捨て、その後を追う。
走っちゃいけないとか、そんな事はもう、どうでもいい。

今は逃げるんだ。隠れて、逃げるんだ。
絶対に捕まりたくない。
それだけは、絶対にイヤ…!

5/11
ナジャに連れられて、私は彼女の「とっておき」の隠れ場所に入り込む。
そこは孤児院内にある聖堂の教壇の下で、床の木の板を1枚外し、大人1人がなんとか通れるくらいの入口から潜り込んだところだった。

ナジャ「暗いけど…平気?」
小さな声で、ナジャが聞いてくる。
私「だ、大丈夫…。今は、平気…」
苦手な場所には違いないけれど、今はそんな事は言っていられない。

2人でそこに入った後、中から板を動かして入口に蓋をする。
明かりは、その板の隙間からの光のみという暗さ。
目が慣れない内は、ほとんど何も見えない。

私「こんなところ、あったんだ…」
ナジャ「うん…」

高さは私が中腰で立てるくらいで、壁は岩でできており、少しひんやりする。
広さは意外とあり、ナジャが言うには、ネリー家の地下室くらいはあるらしい。
しかし入口から離れるとまったくの暗闇なので、私は入口付近から動けずにいた。

ここで夜まで我慢するんだ。
暗くなるまで耐えて、逃げるんだ。
何とか、何とかして、逃げるんだ。
逃げるんだ…

6/11
ナジャ「…逃げられるかな」

隣に座り込んでいるナジャが、ポツリと言う。
暗くてその表情はよく見えない。

私「きっと…大丈夫よ…。夜、皆が寝静まってからここを出れば…」

ナジャ「出て、どうするの?…どこに行くの?」

どこに?
どこにって、それは…

…どこに?

私「…た、例えば…ほら、ネリーのところとか」
ナジャ「私たちがダメなんだから、ネリーもきっと…ダメだと思う…」
私「…」

それは…そうかもしれない。
首謀者とも言えるネリー。
彼女が既に捕まっている可能性は…高いだろうな…。

私「じゃあ…」
と言いかけて、私は気付く。
気付いてしまう。
これ…もう、ダメだ。
私、もう…ダメなんだ…

ナジャ「…ディルクのところ?」
ナジャが言う。

そう。彼のところ。彼のところに行って…

…行って、どうするの?

7/11
魔女である私たちを匿えば、彼は同罪になる。

いや、それ以前に私たちはこの街を出て、遠くに逃げないといけないから、彼も家を捨てて、仕事も捨てて…

教会の目の届かない場所で、ひっそりと暮らす?

戦争中に、どこでどうやって?

住むところも、お金もない。
人は誰も頼れない。
怪しまれたら終わりだ。

…あぁ、そもそも私と彼の関係は誰もが知っている事だから、彼は既にマークされているに決まっている。

つまり、一緒に逃げるのは無理なんだ。

だからもう…

彼との未来は…無い…

……

ナジャ「カーティ…?」

体から力が抜けていく。
どうしてこうなったんだろう。
私はただ、彼と一緒に…幸せになりたかっただけなのに…。

8/11
「カタリーナ・ダウテ!」

私の名前を呼ぶ声がする。
いくつもの野太い男の声が、姿を現せと私を呼んでいる。

もう、お終いだ。
気力も無い。涙も出ない。
これが、絶望…。

ナジャ「カーティ…、もう…」
暗闇に目が慣れてきて、ナジャの怯える顔が見える。

うん…。もう、ダメかな…

言葉も出ない。
もう、どうしようもない…。

ナジャ「これ…持ってる?」
震えた声で、ナジャが聞いてくる。
その手には、1つの小瓶が握られている…。

あぁ、そうか…

私「持ってるよ。持ってる…」
私はそう言って、肌身離さず持っていた、ネリーの小瓶を取り出す。
これを使うときが、来たんだ…。

9/11
騎士たちが私の名前を呼んでいる。
魔女の疑いがある。
神の名の下に己を証明せよと、叫んでいる。

シスターたちはどうしているだろう。
私を庇ってくれただろうか?
何かの間違いではないかと、そう言ってくれただろうか?
それとも…

……

…違う。
庇う必要はない。間違いでもない。

私は、魔女だ。

魔女になったのだ。
だからこれは当然のことで、騎士たちは、正しくその責務を果たしているだけなのだ…。

暗闇の中、小瓶を見つめる。

…死だ。
ここに死がある。
今の私が、唯一逃げられる道が、ここにある。

10/11
ナジャ「カーティ…、一緒に…ね?」

ナジャの言葉に私は頷き、瓶のコルクを外す。
キツイ匂いを覚悟したけど、匂いは何もない。

一気に飲み干せば、確実に死に至る。
苦しみは無い。
ネリーはそう言っていた。

ナジャもコルクを外し、瓶を口元に添える。

当然のこと。
これが魔女の運命。
正体を知られた魔女の運命だ。

ナジャ「…さようなら、カーティ…」
ナジャはそう言うと、上を向いて一気に瓶の中身を飲み込む。

私「ナジャ…」
私もナジャに続き、勢いよく"それ"を飲み干す。

――お腹の中に松明がくべられ、目から口から、全身から、炎が噴き出す。
しかし、熱いと思った瞬間、私は一気に凍りつき、その場に倒れる。

感覚が失われていく。
視界は閉ざされていき、耳も遠くなっていく。
倒れたのに地面を感じない。上も下もわからなくなってくる。

そして、意識が消えていく。

…どこからか笑い声が聞こえてくる。
楽しそうな笑い声が…

…最期に

最期にもう一度、

彼の声を、聞きたかった…

……

11/11
――
孤児院から、騎士団によって2人の死体が運ばれていった。

司教に呪いを掛けた魔女として、それらは処理される事となる。

しかし、2人を良く知る者は言う。
あの2人は、呪いなどという、恐ろしいことをする者たちではなかった。
もしそれが真実なら、2人は誰かに唆されたのではないか。
つまりその「誰か」こそが、本当の魔女なのではないか…。

その声に、教会は調査をすると答えたが…

同時に、彼らは恐れていた。

今やその存在が明らかになった、魔女の呪い。
闇雲に調査などすれば、どうなるか分からない。

…全ては、彼女が望んだ結末へと向かっていた。




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